大判例

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千葉地方裁判所 昭和56年(ワ)917号 判決

原告 壽興業株式会社

右代表者代表取締役 藤代忠久

右訴訟代理人弁護士 鳥切春雄

被告 大明建設株式会社

右代表者代表取締役 富本清

右訴訟代理人弁護士 古野陽三郎

同 平山信一

同 大澤成美

主文

一  被告は原告に対し金一八八万六九五〇円及びこれに対する昭和五六年九月二〇日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は建築資材の販売を業とする会社である。

2  原告は被告が日本住宅公団(以下、「公団」という。)から請負った千葉東南部地区1工区一部排水工事(以下、「本件工事」という。)における被告の現場代理人であり、かつ、被告大明建設株式会社千葉支店東南部工事所長たる訴外坂東俊(以下、「坂東」という。)との売買契約に基づき、被告に対し、毎月二五日締切、翌月末日払の約束で、継続して生コンクリートを販売し(以下、「本件売買」という。)、昭和五六年一月二八日から同年四月一日までの間における右売買残代金は金一八八万六九五〇円である。

3  仮に、本件売買における買主が被告ではなく、その下請業者たる訴外株式会社宗像工業(以下、「訴外会社」という。)であったとしても、次のとおり、被告は訴外会社に対し、自己の商号を使用して営業をなすことを明示的に、又少くとも黙示的に許諾しており、原告は被告の商号を用いていた訴外会社と本件売買契約を締結したものであるから、商法二三条により、被告は本件売買残代金を支払うべき義務を免かれない。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2項について検討する。原告は本件売買契約は原告と被告との間で締結された旨主張するが、本件中には、右主張にかかる坂東において被告を代表若しくは代理して本件売買契約を締結すべき権限を有していたと認めるに足りる証拠は存しない。なるほど、被告は公団から本件工事を請負い、公団に対して、坂東を被告の現場代理人として届出ている(以上の事実は当事者間に争いがない。)のであるが、《証拠省略》によれば、現場代理人なるものの権限については、「本件工事現場に常駐し、その運営、取締りを行うほか、公団との請負契約書に基づく被告の一切の権限(契約の変更、請負代金の請求、受領並びに契約の解除に係るものを除く。)を行使することができる。」旨定められており、右記載からすると、必ずしも本件工事に関し全面的な代理権を有するものとは解されないうえ、右現場代理人の届出はあくまで公団に対するものであるから、右届出の事実から直ちに公団以外の第三者との契約締結等についてまで代理権を付与したものとは認められないからである。又、《証拠省略》によれば、坂東は本件売買契約締結に際し、原告の担当者たる若王子に「大明建設株式会社千葉支店東南部工事所長」なる肩書の記載のある名刺を交付した事実が認められるが、本件中には、右坂東においてかかる肩書を有していたとか、あるいは被告において右名刺の使用を許諾していたとかの事実を認めるに足りる証拠は存しないから、右事実も坂東の代表権若しくは代理権を認めるに足りるものではな(い。)《証拠判断省略》以上のとおり、原告の主張に沿って検討しても、坂東において本件売買につき被告を代表若しくは代理する権限を有していたとは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠も存せず、かえって、《証拠省略》によれば、被告は公団から請負った本件工事をほぼ全面的に坂東が取締役をしている訴外会社へ下請させたものであって、必要資材の購入等についても、一部例外的に被告と直接取引を行った業者はあるものの、原則として訴外会社の計算により行うこととされており、本件売買にかかる生コンクリートについては右例外的な取扱いはなされていないと認められることからして、本件売買における買主は訴外会社であり、坂東は右訴外会社の代理人として同契約を締結したものと認めるのが相当である。以上のとおりであるから、請求原因2項の主張は理由がない。

三  そこで、請求原因3項について検討するに、まず、被告において訴外会社に対し、商法二三条にいう、自己の商号を使用して営業をなすことを許諾していたか否かの点についてであるが、請求原因3項(一)ないし(四)の事実中、被告は公団から本件工事を請負い、右工事現場に被告名である「大明建設株式会社」なる看板を掲げた現場事務所を設置し、訴外会社に同事務所を使用させていたこと、被告は公団に対し、本件工事の現場代理人として訴外会社の役員たる坂東を、同じく主任技術者として同社の佐藤寿男を届出ていたこと、現場代理人には本件工事請負契約書においてかなり広範な権限が与えられており、公団との工事打合せ等に際しては坂東を被告の従業員として出席させていたこと、本件工事につき一括下請は禁止されていたこと、現場事務所には被告の組織図が掲示されていたが、それには訴外会社についての記載は全くなく、現場代理人として坂東の名が表示してあったこと、被告は坂東に対し、被告のマーク入りの「大明建設株式会社工事部主任坂東俊」なる名刺の使用を許可していたこと、以上の各事実については当事者間に争いがなく、現場代理人の権限及び本件工事が一部例外的な取引を除き、ほぼ全面的に訴外会社へ下請させられたものと認められること及び「大明建設株式会社千葉支店東南部工事所長坂東俊」なる名刺については被告が右使用を許諾していたと認めるに足りる証拠の存しないこと、については既に述べたところであり、「大明建設株式会社千葉東南部地区1工区一部排水工事現場代理人坂東俊」なるゴム印の使用については、《証拠省略》からすれば、右ゴム印は全体として一個のものではなく、「大明建設株式会社」「千葉東南部地区1工区一部排水工事」「現場代理人坂東俊」なる三個のゴム印で、坂東はこれを併せて使用していたものと認められるが、かかるゴム印の使用は被告においても右坂東を公団に対し、現場代理人として届出た関係上、当然予測し、承諾していたものと認められるところである。

以上によれば、被告は本件工事を被告において名実ともに施行しているとの外観を作出するのに積極的に加功していたものであり、訴外会社との内部関係は第三者から容易に知り得ない状況となっていたものと認められるから、かかる外観作出がいくら基本的には公団へ対するものであったにせよ、右公団の監視のもとで現実に工事を施工する訴外会社の坂東らにとって、公団に対する場合と資材納入業者ら関係取引先に対する場合とで、かかる建前と実質とを使い分けることは、公団に対する配慮もあって困難であり、勢いこれら全ての関係において被告の商号を使用することになることは当然予測されるところであって、被告においてかかる事態を予測しなかったとは倒底考えられないから、これにつき特段の予防策を講じたことを窺わせる証拠も存しない以上、被告は少くとも黙示的に訴外会社に対し、本件工事の下請工事遂行に関し、その必要な限度内で、被告の商号を使用して営業をなすことを許諾していたものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

なお、本件売買が被告の商号を使用する訴外会社と原告との間で締結されたことは《証拠省略》並びに既に述べてきたところに照らして明らかであり、本訴請求にかかる期間の右売掛代金が金一八八万六九五〇円を下らないことも、《証拠省略》によって認められるところである。

四  次に、抗弁について検討する。被告は、原告においては本件売買の相手方が訴外会社であることを知っており、仮にこれを知らなかったとすれば右知らないことにつき重大なる過失がある旨主張するところ、《証拠省略》を総合すると、本件売買は、昭和五五年一一月ころ、本件工事の設計、監理を担当していた者から紹介があって、資材納入業者である原告の営業部長若王子において現場事務所で坂東と面会し、数日後、合計で金三六五万円になる旨の被告宛の見積書を作成のうえ、右両名の口頭の約束にて開始されたもので、右面会の際現場事務所には被告名の看板が掲げられ、訴外会社の存在を示すものはなく、坂東は右若王子に対し、「大明建設株式会社千葉支店東南部工事所長坂東俊」なる名刺を交付したこと、原、被告間では今まで取引がなされたことはなく、本件売買が最初であったこと、本件売買につき原告は直接被告に対し新規取引の挨拶や確認を行ったことはなく、被告の取引銀行への信用照会のみで生コンクリートの納入を開始したこと、本件工事の如き公団が注文主になっている下水道工事等においては、請負業者が更に下請させて工事を行うことが多く、若王子も右事情は知っていたこと、この場合、下請業者の関係者を現場代理人として届出ることもまま行われていて、本件工事についても訴外会社が下請していることを知って、被告との直接契約を結んだ納入業者もあること、本件売買代金の支払方法は毎月二五日までに納入された分の代金を翌月末日に、手形及び現金各二分の一づつで支払うとの約束であり、原告は昭和五五年一一月末ころから生コンクリートの納入を開始し、昭和五六年一月末ころに現金及び(一)の手形で、同年二月末ころ現金及び(二)の手形で、それぞれ現場事務所において坂東から支払いを受け、被告宛の領収書を作成、交付したこと、右本件手形は、いずれも振出人として被告名が、受取人及び裏書人として訴外会社名が記人されていたが、若王子はこれら受取人欄等の記載につき特段の疑問も示すことなく漫然これを領収したこと、その後、坂東から支払猶予の申込みがあり、第三回目の支払いが遅れたことから、昭和五六年四月末ころになって若王子は初めて被告を訪れ、残代金の支払いを求めたこと、以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

よって、まず本件売買契約締結段階での原告の悪意又は重過失の有無について検討するに、本件中には原告において右当初から本件売買の相手方が訴外会社であることを知っていたこと、あるいは右知らないことにつき重大な過失があったと認めるに足りる証拠は存しない。かえって、既に述べたところからすれば、当時の本件工事現場事務所の外観や坂東の行動は同人が被告の責任者であると誤認させるに十分なものであり、前記見積書の宛名からしても若王子は右坂東を被告における資材購入権限を有する者と誤認していたものと認めるのが相当であり、この点に重大なる過失は存しなかったものと認められる。確かに、本件売買は原告と被告との最初の取引であり、下請業者が存在することも予想されるのであるから、若王子において一応被告に対し、取引の有無を確認すべきであったともいえないではないが、前述のとおり、坂東の資格、権限について疑いを抱くべき特段の事情もなく、一括下請を禁止されている公団からの請負工事については、下請させるにしても、これら下請業者を統括し、現場全体を指揮、監督する者が元請会社から派遣されるのがむしろ通常と考えられることからすれば、若王子がかかる確認の手続を経なかったことをもって、同人が本件売買の相手方につき悪意であったとか、又この点に重大なる過失があったとは倒底いえず、又、本件手形を漫然受領していることについても、このことから、直ちに、若王子が本件売買の当初から相手方が訴外会社であることを知っていたとまでは認定できず、右確認手続をとらなかったとの事情と併せ考えてみても、未だ原告の本件売買契約締結段階での悪意を認めるに足りないものと解するのが相当である。

そこで、更に、本件手形を受領した段階での原告の悪意又は重過失についてみるに、前記認定のとおり、本件手形にはいずれも振出人欄に被告名が、受取人欄及び裏書人欄に訴外会社名が記入されていたのであるから、若王子において右記載内容に通常の注意を払えば、下請業者が介在していることが多いとの事情と併せ考えて本件売買の相手方につき疑問を生ずるであろうことは想像に難くない。しかし、《証拠省略》にもあるように、多数の下請業者の混在する工事現場において、その実質的負担者はともかく、対外的には、資材購入等の取引は元請会社において行うことも通常あり得るところであり、少くとも本件手形は被告振出のものであること、(一)の手形を受領した時期は本件売買を開始して約二箇月を経過した時点で、約定どおりの支払がなされる限りにおいては、原告にとって被告のいわば内部関係をあえて詮索する必要もなく、よほどのことのない限り、本件売買の如き一連の取引の途中でその相手方を見直し、取引中止を検討するなどのことは実際問題として困難であると考えられることや既に述べたこの間における坂東の行動並びに被告の作出した第三者を誤認させるに足りる外観の存在情況等の諸事情を比較、総合すれば、前記本件手形の受領をもって、若王子が本件売買の相手方が訴外会社であることを知ったとも、又、同手形の記載を看過し、漫然これを受領し相手方を誤認したまま本件売買を継続したことをもって、悪意と同視されるべき重大な過失があったとも、未だ認められないものと解するのが相当であり、この点は前述の新規取引であるにもかかわらず被告に確認しなかったことや被告と直接取引をなした納入業者のあったことを考慮しても動かし難いものといわねばならない。以上の次第で、被告の抗弁は結局理由がない。

五  以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し(訴状送達の日の翌日が昭和五六年九月二〇日であることは本件記録上明らかである。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河村吉晃)

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